Prologue
これはある宇宙にいる神様のおはなし。
ひとり、神様がいました。その神様はいつも天使をひとり連れていました。その宇宙には絶望(ダーカー)がいました。彼らがいつどこからやってきたのかわかりません。ただ突然あらわれて、惑星の街や村、たてもの、田んぼや畑、ありとあらゆるものを一気に壊していきました。その惑星のいきものたちはすべてを失い、そしてその星はゆっくりと死んでいきました。彼らから自分たちををまもる術を持たず、彼らの去った後には絶望のみがまき散らされていました。
絶望(ダーカー)。
彼ら(ダーカー)に対抗するために、宇宙はある惑星間移動旅行船団オラクルをもとに『アークス』と呼ばれる組織をつくりました。アークスは銀河を渡り、各惑星での調査、交流、そして絶望(ダーカー)の殲滅浄化を目的に活動し始めました。まさに宇宙の希望として『アークス』は出来たのでした。
ああ…はなしがずれてしまいましたね…。もどりましょうか。
天使をひとり連れた神様の司る力は『治癒』のちから。ありとあらゆる傷をいやし、新たな生命力を与え、希望をもたらす存在。そして治癒しきれなくなった魂、・・・そう、魂にも傷がついてしまうことがあるのです。魂に傷がついてしまうと、『運命輪の理(アルカナ・オブ・ロウ)』の選別からこぼれ、肉体の死後、新たな肉体を貰い、新たな生命としてこの宇宙に還ってくることができなくなってしまうのです。長い間、肉体を貰えずにいると魂は劣化していきます。"劣化した"魂はその周りの魂にも悪影響を及ぼし始めてしまうのです。そうすると宇宙はこの魂を処分しようとします。そう、最後には消えて、なくなってしまうのです。
その宇宙の理(システム)を知り、哀しんだ者がいました。その者こそ神様でありました。神様は「この宇宙で魂の限界を迎えたひとびとを救う力」を願いました。それから神様は「治癒の力」を得て、「治癒神」になりました。
いまこの瞬間、神様は魂が限界まで傷ついたひとりのアークスを見つけました。背中に生えた白い翼をはためかせ急いで向かいます。額のピスケクラウンがキラリと光り、その光は対象者の場所を指し示し、その人の元へと導きます。後ろでは同じように額に冠をつけた天使が一所懸命ついてきていました。
…ふたりはそのひとのもとに降り立つと、寄り添い、慈愛に満ちた笑顔でやさしくいたわるように傷ついたアークスに話しかけました。
『よく、ここまでがんばってきたね。ぼくは治癒の神。あなたを迎えに来たよ…。だけど、あなたにはまだ選ぶ権利があるよ…。身体の傷をいやし、大切な人の元へ帰るか、このままわたしと共に「治癒地エピダウロス」へと導かれ、魂の治癒を行い『運命輪の理』を待つか。あなたの魂はもう限界だった。これ以上は危なかった…間に合って良かった……。ぼくの癒しがあれば少しだけ持ち直せる。…さぁ、選んでごらん。』
そのひとは生気を感じられないほど衰弱し、唇に血の気はなく、頬は怖いほど白く透き通っていました。少しの間黙っていましたがその虚ろな瞳が目の前にいる暖かな光をまとう神様をきちんと捉えたときに、大粒の涙がぼろぼろと溢れてきました。彼は薄く一息吸うと、びっくりするほどか細い声でかすれかすれに答えました。
「…俺に…未練は……ない…俺は…エピダウロスへ、行きたい…。あなたと…一緒に。」と。その言葉を聞いて神様はとても嬉しそうに顔をほころばせながらそのひとの手をぎゅっと握りました。暖かな春の陽気のような、すべてのいきものが生き返るような、まさに”希望の光”がそのひとを包み込んでいきます。とても優しい、母のぬくもりが傷ついたアークスにしみわたっていきます。神様はやさしく語り掛けます。
『ずっと、ずっとずっと独りでたたかってきたんだね…あなたの手はとてもやさしくて頼もしい手…ぜんぶ、ぜんぶわかったよ。あなたがどれだけ大変ななかをたたかい抜いてきたかを。…さぁ、これからすこしの間はゆっくり休むといいよ…一緒に、いこっか…。』
後ろで見ていた天使は可愛らしく微笑みました。ツインテールを丸く結ったツインループを揺らしながらコロコロと小鳥のさえずりのような声で『よかったね……!今まで一所懸命生きてきてくれてほんとにありがとう!』といいました。そのひとは少しだけ生気が戻ったのか頬が薄いピンク色になっていました。天使の笑顔につられるように少しだけ微笑み返しました。そして神様はその人を抱きかかえ、希望をまといながら暖かい光の中にふたりは還っていきました。
かのひとが倒れていたところには、懐かしい草いきれと花の香りが残っていて暖かな希望の陽気が満ち満ちていました。
その神様のなまえを「アスクレピオス」。天使の名を「アクラシエル」といいました。