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第一章「追憶と追録」

さぁおいで さぁおいで こわいものがちかづいてくるわ

 

さぁおいで さぁおいで わたしのむなもとへとびこみなさい

 

さぁおいで さぁおいで こわいものがちかづいているわ

 

さぁおいで さぁおいで わたしのもとへとびこみなさい

 

こわいものが あきらめるまで おねむりなさい

 

あなたに にじいろのあさひは つよすぎるわ

 

わたしのうでのなかで おねむりなさい

 

まだだめよ まだだめよ こわいものがちかづいてくるわ

 

あたたかな わたしのむねで おねむりなさい

 子守唄が聞こえる。とても懐かしい子守唄が聞こえる。

 目が覚めた。  

 

 ビジフォンを確認すると、初級任務がどっさりと入っていた。その多さにうんざりしながら朝の紅茶を飲むと少しずつこわばっていた身体もほぐれてきて、昨日の出来事がまざまざと蘇ってきた。アスクレピオスは紅茶のカップを置いた。遥か遠い過去の出来事であったような気もする。しかし、記憶と共に恐怖も沸き返ってきた。つま先からぞわぞわと悪寒にも近い恐怖が身体を這い上がってきて頭のてっぺんまで駆け抜けていった。

 

 「ダーカー…。」

 

 思わず口の端から、今この身体を震わす原因の名前がこぼれ出てきた。惑星ナベリウスでの修了任務。昨日の昼頃、黄色い髪を持つ新しくパーティーを組むことになったアフィンという少年とキャンプシップから降り立ち、最後の修了任務をちゃちゃっと済ませて正式にアークス認定証を受け取るはずだった。

 

 しかし突如として惑星ナベリウスで出現した宇宙の敵「絶望(ダーカー)」。そしてアークスの敵。

 アークスになるための座学で習っていた為、存在は知っていたがまさかこのタイミングで遭遇するとは思っていなかった。地面から得体のしれない邪悪な粒子を散布しながら耳に残るイヤな鳴き声と共に文字通り湧いて出てきた。そして次の瞬間、アークス候補生の自分たちに向かって襲いかかってきた。引率の教官アークスが武器を手に自分たちの前に出て叫ぶ。

 「はやく逃げろ!!キャンプシップで本部に連絡s…」

 しかし生徒に指示するために後ろを振り向いたのがいけなかった。振り向いたその瞬間に虫のようなダーカーの軍勢が一気に教官に襲いかかり、教官を飲み込んだ。あっという間の出来事だった。何かが壊れる音がする。何かが割れる音がする。「ナニカ」が教官に覆いかぶさっている。目をそらすことも耳をふさぐこともできずその様子を眺めていた。あまりの展開に思考が停止してしまっていた。それは他のみんなも同じだったようだ。ただ一点を眺めていた。しかし「彼ら」がそれで満足するはずがなかった。次は自分らに襲いかかってきた。一昨日まで一緒にフォトン粒子の操作と性質を学び、笑ったり喧嘩したりしてきた同期がダーカーに飲み込まれていく。どんな抵抗もむなしく、ただ圧倒的な力と恐怖を前にぼくたちは立ちすくんでいるしかなかった。

 

 「「「うぎゃああああああああああああ!!!!!!!」」」

 

 耳をつんざく同期の叫びが響いたとき、はっと我に返った。武器を構える余裕などなかった。目をつむって振り返り、力いっぱいに大地を蹴った。走るのがとても遅く感じた。すぐ後ろでは「ナニカ」が引きちぎられる音と共に叫び声が聞こえる。泥水のような真っ黒い恐怖がだんだんと自分に覆いかぶさろうとしてくるのを感じた。肌がぴりぴりする。ただ”次は自分の番だ”と怖気づきながらも、近づいてくる敵をおぼつかないテクニックで焼き払い、命からがら逃げることしかできなかった。

 

 黄色髪の少年アフィンが今まさにダーカーの集団に襲われそうになっていた。次の瞬間に響き渡るであろう叫び声に思わず目をつむり、ぐっと現実の理不尽さに歯を食いしばった。…。しかし、聞こえてこなかった。恐る恐る目を開け、その少年の方を見ると…。

 

 眼帯をつけた少年と背の低い少女がその少年を守るようにダーカーらを焼き払い、切り裂き消し去って行っていた。その戦闘になれたような鮮やかなデュアルブレード捌きと、的確な地点でのテクニックに思わず見入ってしまっていた。それがいけなかった。すぐ右後ろで何かが口を開くいやーな音が聞こえた。

 

 「一瞬の油断が命取りになる。」

 その言葉の重さをきちんと理解していなかったのだ。

 黒い恐怖が全身を一瞬で包み込んだ。

 時間が止まってしまったように身体がいうことを聞かない…。

 圧倒的な死が自分首根っこを掴み、己の存在を喰らおうとしているのを感じた。

 次の刹那…「『ナビー!!!兄さん!!!!」』

 

 自分は生きていた。ロッドを投げ出し、パニックになりながら降りてきたキャンプシップ地点に血みどろになりながら走った。後ろからは怒号が聞こえていた。「おい!一人で突っ走んじゃないよー!!!」『ったく。』自分のフォトン行使の適性はテクニックだった。もし打撃寄りだったらその未熟さゆえに守りきれずに自分も同期と同じ末路を辿っていたかもしれない。ただ脳内で響き渡り続ける同期の叫びに震え、視界は真っ暗だった。緊急シップで生き残った者たちで帰還中も必死に膝を押さえ、震えていた。そうしなければ恐怖のあまり暴れ出しそうだったからだ。それを見ていた二人のアークス。

 「どう思う?兄さん」

 『仕方がないだろう。あんなつらい目にあったんだから』

 「そこじゃないよ、彼はアークスに向いているか、だよ」

 『ナビー。それを決めるのは俺らではない。彼自身さ。』

 「ふーん。」

 アークスシップ・ロビーに帰ってきたときもいまだに自分が生きていることが信じられなかった。まだ同期の断末魔の叫びは続いており、震える足取りでぼーっとしながらショップエリアにいくと、ある不思議な女性が自分を待っていた。その女性の名を『シオン』といった。「もう一度繰り返す必要がある」とシオンは言った。何を言っているのか全く分からなかったが、もう一度運命を変えるためにナベリウスにいかなくてはいけないことを伝えられた。

 「そんなの…できるわけないよ」

 そう答えるだけで精いっぱいだった。

 

 恐怖が拭い切れていたわけではなかった。

 しかしもう一度多くの同期と講師アークスがダーカーに飲み込まれていったナベリウスにもう一度降り立つことになる。

 そして、ある少女を見つけることとなる。少女は傷だらけでナベリウスの森に倒れていた。その子を見つけ、近寄った時にずきんと一瞬視界にノイズがかかった。頭痛で転びそうになるのを耐えながらその少女を背負い、帰還した。気づかないうちに小さなタイムリープ(自分だけ時間と空間を飛び越えてしまうこと)をしたようで帰還直後、自分のビジフォンにもアークス認定証は公布されておらず、修了任務の達成報告のデータも残ってはいなかった。不思議な違和感があった。もう一度ショップエリアに行くと、かの不思議な女性シオンが自分を待っていた。前逢った時と同様何を言っているのかさっぱり理解できなかったが、ただ伝わってきたのはシオンにとってあの惑星で倒れていた少女は「特別で大切な存在である」ということだった。

 

 少女の名前を『マトイ』といった。

 

 自分の部屋に戻ると暖かな光が窓から差し込んでいた。そのまま扉からベランダに出ると眩しいままに太陽が輝いていた。中央にはふたつの椅子。誰が用意したのか自分で置いたのか、覚えていなかったがそこで座ってのんびりと日が沈んでいく様を眺めていた。遠くから懐かしい歌が聞こえてきたような気がした。子守唄のような、懐かしい歌が。

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